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幾原邦彦作品等について語るブログ

性別なんてなければ僕らはずっと一緒に居られたのにね(ふみふみこ「そらいろのカニ」)

幾原監督帯コメントを書かれたふみふみこさんの「そらいろのカニ」。

購入してから少し時間がたちましたが感想を書きます。

 

そらいろのカニ (バーズコミックス スピカコレクション)

何度も何度も、出会いと別れを繰り返す「カイ」と「エビ」。

時代や姿形、性別が違っても惹きよせられてしまうのは運命か?

それとも宿命か?

エロスの鬼才・ふみふみこが描く輪廻オムニバス。

 

輪るピングドラム』『少女革命ウテナ』の幾原邦彦監督も絶賛!!

これは「傷つけ合って、それでも一緒にいる自由」を得た僕たちの物語だ

 

ふみふみこ

8月18日生まれ。奈良県出身

2006年に『ふんだりけったり』で第11回「kiss」ショートマンガ大賞佳作を受賞してデビュー。

『女の穴』『ぼくらのへんたい』『さきくさの咲く頃』他、代表作多数。 

 

輪るピングドラム・ファビュラス・アンソロジー(幻冬舎)」に「ペンギンごっこ」という四コマが掲載されています。

 

上記の四コマを除いて、ふみふみこさんの作品を読むのは今回が初めてです。「そらいろのカニ」は美しい絵柄と感傷的な空気が印象にのこる傑作だと思いました。

  

激しく衝突しながらもなぜ彼らは時空を共有するのか。

愛するとはなんなのか。

 

輪廻転生を書いた作品ということですが、根底にあるのは、二個の独立した生命体が、憎しみと諍いを繰り返し、互いに愛し合いながらも決裂をくりかえすという、人類の歴史において普遍的に繰り返されるドラマなのだと思います。

互いに必要としながらも、なぜ一緒にいられないのか。

その答えの一つとして「性別」を持ってきているのが興味深いところです。

 

二人の主人公。海の生き物の名前。エビとカイ。

この物語の主人公の二人、エビとカイは、互いに惹かれあいながらも、軽蔑と別れを繰り返す、無限の輪廻転生の輪のなかにいます。

彼らは異なる時代、異なる状況で、別の生物として繰り返し登場します。

 

あるときは、海老名と海という現代日本の同級生の男女。

またあるときは、修道女の二人。

発明家の男とその被造物であるロボット。

 

2話のエヴィとカイ

彼らは惑星のコロニーのような場所で仲睦まじく肩を寄せ合い暮らしています。

世界には二人しか存在せず、彼らに性別はありません。中性的な姿で髪を伸ばしていますが、男でも女でもないのです。一個の魂として相手を必要とし、愛し合い、一つになります。

 

ここで、重要なせりふが登場します。 

この世にたったふたりきりで 性別なんてなければ ずっと一緒にいられたかもね

性別がなければずっと一緒にいられたかもということは、逆にいうと性別があるから一緒にいられないと考えているということです。

 

無性生殖と有性生殖のはなし

遠い昔、生物がまだ無性生殖をおこなっていたころ、雄と雌の区別はなかったといいます。

個体は分裂して自らのクローンを生成することで世代交代を果たしてきたのです。

しかし、有性生殖を行い、男と女に引き裂かれている私たちは、パートナーとなる運命の相手を探し求めます。そして恋が成就を果たしたあとには、避けることのできない別れが待っています。

有性生殖では、細胞分裂で自分のクローンを作り出すのではなく、男女の遺伝子を交換して作られた別の個体を生み出すことで、生命の多様性を確保しています。そのためパートナーとの出会いと別れ、新しい生命の誕生とその死は避けられない運命としてそのシステムに組み込まれているのです。

 
男女の違いが生じたのも有性生殖を始めたときからでしょう。
もしそれがなければ、争いも対立もなく、愛のままに生きてゆけれるのにという嘆きが上記のセリフには込められているように思います。
 

僕たちは皆 二つに引き裂かれ 多くの兄妹たちとともに海に投げ出された エビとカイなんだ

エビとカイの愛の物語は美しいだけではありません。

互いに苦しみを与え、傷つけ合い、傷口に塩を塗りこむことで存在を確認するような、激しいエゴのぶつけ合いです。

ある時はいかに身を焦がして乞うてもその愛は与えられません。

しかし相手の呪われた魂を解放するために大罪を犯すこともあります。

地獄の業火に焼かれるような愛と憎悪の鎖にがんじがらめにされて二人は生きているのです。

 

カニが意味するものは何か

タイトルにもなっている「カニ」。

このカニは二つの側面があるように思います。

まずは、2話における優しい微笑みを浮かべて二人を見守るカニ。

もう一つは、7話でエビの首を切り落としたり、1話のエビの少年時代に水槽で見かける死の象徴としてのカニです。

 

蟹は外骨格を持つ生物で、硬い甲殻と敵を切り裂く鋭利なハサミを持っています。それは鎧をまとって他者を攻撃することで心の平安を保つ私たちの姿のようにも見えます。

「そらいろカニ」とは、二人が甲殻も鋏みも脱ぎ捨てて、思いやりと平安の中で生きている状態のことなのかもしれません。愛し合う者同士(それは時に人同士ですらありません)が甘美に溶け合った、愛の夢。

これは生きる者にとっては劇薬でもあり、この夢を見続けるものは、カニの中毒者になりやがて死に至ります(5話の妻のセリフ)。

有性生殖を行う人が、進化の過程で失ってしまった、無性生殖の時代の楽園。それは二度と手に入らないものであり、人が人として生きてる以上、それを夢想することは空虚な誘惑であり危険なことと描かれているようにみえます。

 

第2話のカニの謎について

2話のエヴィとカイは、宇宙空間に浮かぶコロニーのような場所から、過去の彼らの歴史を振り返ります。そしてカニの庇護のもとに同じ夢をみて、長い時間をかけて「そらいろのかに」になります。
 
ここを読んだとき「2001年宇宙への旅」のスターチャイルドのシーンを想い出しました。
二人を見守る「カニ」は宇宙生命体であり、生命の進化を見守る神のようなものです。性別のない世界から「そらいろのカニ」になった二人は、次世代の人類に進化したのでしょうか。あるいは雌雄一体だった彼らが、最初の人類になった瞬間を描いているのかもしれません。

 

私たちの肉体は、太古の祖先から遺伝子交換と分裂を繰り返してきた細胞により構成されています。

しかし、その太古からの連続性は途切れており(ミッシングリンク)、私たちの爪の先から髪の毛にいたる細胞の一つ一つのルーツは謎に包まれています。

 

進化の過程で失った楽園の夢。

SFとファンタジーと輪廻転生。罪と罰

 

カニの可愛らしい絵柄と、対照的に残酷的に美しいエビ。燃えさかる炎のような瞳。

深層心理を描いたようなシンボリックな絵はとても魅力的です。

 

ふみふみこさんの著作は、さきくさの咲く頃(太田出版)、そらいろのかに(幻冬舎コミックス)、ぼくらのへんたい(徳間書店)が三ヶ月連続刊行されています。

ちょうど「ぼくらのへんたい」の2巻が1月12日に発売されたので、近いうちに手にとってみようと思います。