ノケモノと花嫁55話感想 星に願いを~ピノキオと磁器人形(ビスクドール)の祈り
KERA2013年3月号掲載の「ノケモノと花嫁 THE MANGA 第55回」の感想です。
ネタバレ全開ですので未読の方はご注意ください。
■総論
先月号がお休みだったので、二ケ月ぶりのKERA掲載でした。
前半はギンとアリスの会話と突然の緊急招集。
後半は「魔女リカ魔女ルカ」のライブ。
新曲「新宿ルミネは11時オープン」が披露されました。
物語に大きな進展はないものの、燃えるキリンの緊急招集は、来月以降の波乱を予感させます。
新曲の歌詞の由来が気になるところです。以前ラジオ番組(ザ・バーニングジラフ)の投稿ネタは明日美子先生の実話だと読んだ記憶があるのですが、今回のは果たして…!?
■現在の状況
羽熊塚イタル・世羅ヒツジ
アイズバイン工場跡の事件の後、イタルは重傷を負ったがヒツジの治療で回復する。現在はウェディングドレスを買うため原宿に移動中。
まろにえ・みゆたん
燃えるキリンアジトから、狼森エイジの手引きとトナカイの捨て身の献身により逃亡に成功。現在はプードルの経営するドーナツ・バー・ジャンキーズにいる。
兎河ギン・アリス
トナカイの裏切りにより自分の信念に迷いが生じる。従者のアリスに自分の過去の物語を語った。
世羅晶午
アイズバインで銃撃され入院している。徳大寺警部に兎河ギンの過去の真実を語った。
狼森エイジ
燃えるキリンに反旗を翻し現在はジャンキーズに店員として匿われている。
■ギンとアリスの会話(今月号の内容)
ビルの高層階から下界を見下ろすギン。アリスが紅茶を淹れてくる。
ギン「…僕をかわいそうだと思うか?僕をかわいそうなやつだと思うか?」
アリス「私は意見をもっておりません」
ギン「なるほどな。君は僕だ。0に何を掛けても0にしかならない。全く虚しいことだ。」
アリス「私は…!」
アリスが「自分の意見をもっていない」とはどういう意味なのでしょうか?
ギンの言う「君は僕だ。0に何をかけても0にしかならない」とは一体…?
そもそもアリスは何者なのでしょう。
■アリスの正体についての解釈
彼女について明らかになっていることは次の通りです。
<現在>
・アリスは燃えるキリンのリーダー兎河ギンに従うメイドである
<過去>
- ギンの夢の中では同級生の有栖川だった
- 現実の世界では、屋敷で監禁されていたギンのベッドの下に、大事に隠されていた不思議の国のアリス人形だった
- 命を奪われたギンが謎の空間で麒麟塚イタルと対峙した時に、ギンに連れてこられた
気になるのが3の出来事です。
第52話(KERA2012年11月号掲載)で母親によって命を奪われたギンは、謎の空間でイタルと再会します。
この時に初めてメイドのアリスも生まれたと考えられます。
「調子はどうだい」「悪くない」
「…脚も元通りにすればよかったのに」
「覚えておこうと思ったんだ。傷みの記憶として。」
「彼女も連れてきてしまったのか」
「構わないだう?」
「もちろん」「さあ行こうか」 (52話)
このシーンは、母親に命を奪われた兎河ギンが、麒麟塚イタルの黒い血により新たな実体を与えられたと考えられる場面です。
ここで人形だったアリスに現在の体を与えられたと解釈するべきでしょう。
人形に人間になる話といえば、ディズニーの「ピノキオ」等が思い浮かびますが、ここで一つの作品を思い出しました。
■星に願いを~ピノキオと磁器人形(ビスクドール)の祈り
それは中村明日美子先生の「velvet going underground」という短編です。
以前のエントリーでも書きましたが、「Gothic&Lolita Bible」に掲載されたこの作品は、幾原監督が明日美子先生とコラボをするキッカケになったそうで、「Aの劇場」に収録されています。
あらすじは次のようなものです。
天才人形師のゼペットは自らが製作した磁器人形のピノ子を実の娘のように愛していた。「もし彼女が本当の人間だったなら…」と願う日々。ある夜、月の光により魂を手に入れたピノ子は人間となりゼペットに求愛する。しかしゼペットは禁断の愛を犯すことを恐れてこれを拒否する。傷ついたピノ子は旅にでて人気スターとして成功する。一方ゼペットはピノ子を失った哀しみから落ちぶれ、海洋沖で行方不明となる。死の間際に再会する二人。やがて沖合の鯨の体内から二人の人骨が発見される…という物語です。
「ピノキオ」の設定を下敷きとした物語ですが、登場人物が父のマエストロと娘のロリータ・ドールに置き替えられています。
本当の娘のようにピノ子を愛するゼペット、人間に生まれ変わって彼の愛に応えたいと願うピノ子、願いを叶える星の光、人間となって鯨の体内で結ばれるエンディング。
わずか7ページですが、美しくも哀しいロリータ・ファンタジー漫画の傑作だと思います。
- 作者: 中村明日美子
- 出版社/メーカー: インデックス・コミュニケーションズ
- 発売日: 2012/08/27
- メディア: 大型本
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「ノケモノと花嫁」の重要なモチーフの一つである「人形」について考えるとき、この作品がヒントになるような気がしています。
憶測ですが、長年ベッドに拘束され監禁されていたギンにとって、アリス人形は唯一の友達だったのではないでしょうか。クリスマスに近所の少女に人形を貰ったというこの出来事は、彼にとって人間的な扱いと愛情と与えられた数少ない機会だったと想像できます。そして、この現実世界での記憶が鎖につながれた捕囚のような生活を送るギンにアリスとの架空の夢物語を見させたのではないでしょうか。
ギン「僕は…もう…自分がどんどん嫌になる。どんどん似ていくんだ…このまま狂ってしまう。」
有栖川「かわいそう。ずっとずっとひとりで苦しんできたのね。あなたは。泣きたいのをこらえて叫び出しそうなのを押し殺して。ずっとずっと…もういいのよ。ひとりでよくがんばったわ。もう…」(3巻P151)
現実の世界で、母親に虐待を受けているギンにとって、アリス人形は唯一の話相手であり理解者だったのでしょう。そして長い年月を経るにつれ、彼とその人形には当事者にしかわからないところで心を通いあわせていたのではないでしょうか。
「ギン様に逆らう者は許しません。誰であろうとこの私が消します」(2巻P141)というアリスの献身的で保護的な愛は、過去の歴史の積み重ねを感じさせます。
時計職人の老ゼペットに人間の息子ピノキオが、天才マエストロに魂をもったピノコが現れたように、現実の世界で大人から苦しみを受けていたイタルは、自らの肉体の復活に際して、かつてのアリス人形を、実体のあるメイド「アリス」として一緒に連れていきたいと願ったのではないでしょうか。
■ギンもまた虚無であり心を持たない人形であるのか
ギンがアリスに言った「君は僕」「0に何をかけても0」とはどういう意味でしょうか。
アリスは常にギンの味方で、彼を傷つける言葉は口にしません。二人は一心同体です。しかし一方で彼女は元々ギンが作り出した空想上の人格でした。そのため自分の想像外の言葉は言うことがないという虚しさがあります。
あるいは自分もアリスもと同じ(比喩としての)人形であるという意味なのかもしれません。
ギンは母親の操り人形のような存在であり、独立した精神と人格を持つことを許されませんでした。過去編において服に付けるボタンさえ彼のものではなかったギンのシーンが出てきます(3巻P110)。人としての尊厳を否定する母親の元で、彼は人でありながら心を持たない玩具・人形として扱われてきたのです。
ギンもアリスも同じ心をもたない人形という虚無感が、「君は僕」であり、「0と0」という上記の発言につながっているように思います。
■クーデター勃発!?首謀者は誰なのか
来月以降の展開を考えてみましょう。
緊急招集が行われギンの処分を議題とする会議が行われるようです。
ギンが失脚するとは考えにくいのですが、計画を指揮している者の正体が不明であるため先がよめません。
燃えるキリンを裏切ったエイジが指名手配されていないのも謎です。
早くも来月号が気になります!!