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幾原邦彦作品等について語るブログ

【青蛾館】寺山修司初期一幕劇 「犬神」

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寺山修司 初期一幕劇連続上演「犬神」

演出=長野和文 

出演=野水佐記子, 丹羽克子, 髙島美沙, こもだまり, 稲川実加

   芹沢あい, 井口香, 長谷川哲朗, 岩倉金太郎, 鋤柄拓也・点滅

美術=亜飛夢

 

2月10日(日)14時の回を観劇。  

幻想的な雅楽の調べと、不思議な文字の垂れ幕。女詩人と妖しげな黒子たち。疎外された少年と老犬の狂おしき交流。母と花嫁が記憶に残りました。

 

■あらすじ

一族が次々と奇怪な死を遂げた首家。その末裔ミツ。犬田家へ嫁いだミツは、ある夜、山で山犬に襲われ行方不明となり、翌朝帰ってきたときには頭がおかしくなっていた。9ヶ月後、彼女は赤児を生むことになったが、「犬の子が生まれる」と言って生むのを拒む。近所の者は「ミツの家族は犬憑き筋だ。生まれる子はきっと『犬』だ」と噂する。 

そして月雄は生まれた。しかし彼が5歳の時に母ミツは草刈鎌で自殺し、7歳の時に父が金物屋の女と村から逃げた。月雄はミツの姑の老婆と暮らすが、村人は「犬憑き」と遊ぶと犬が乗り移ると言って、二人を村八分にした。 

10年後。老犬が迷い込んできて月雄の家に住み着く。姑は「犬憑き」と噂をされるのを恐れて飼うのに反対するが、月雄は愛情を込めて世話をする。しかしその犬が、村の鶏や作物を食い荒らす等の問題を起こし、村人は二人に処分するように迫る。

猟銃の音が響き老犬は処分された。しかし、その後も村ではなぜか犬の被害が続き…

 

■「犬神」について

元々は1964年にラジオドラマ『犬神の女』として発表され、その後『仮面劇 -吸血鬼の研究』として上演、そして1969年には天井桟敷初の海外公演として、フランクフルトで『犬神』のタイトルで初演されたそうです。

 

■感想

月雄は村人から犬神筋として村八分にされます。理不尽な理由で集団から孤立させられる月雄は、いじめにより居場所を失った現代の子供のように見えました。彼の魂の孤独は現代人にも通じるものがあります。 

姑は村八分の境遇から抜け出るため、憑きものを落とす努力をするのですが、月雄は亡き母を忘れられず、思い出の品を埋めた畑に行ってしまいます。この若き母のイメージは、後半に登場する夢の中の少女や花嫁と重なり、大変美しかったです。長い髪と赤い和服のビジュアルが、鮮烈に印象に残りました。 

月雄と奇妙な友情を形成し次第にシンクロしていく老犬「しろ」。点滅さん( http://www.temmetsu.com/index.html )の舞踏が妖しくて印象的でした。

月雄 ねえお婆ちゃん。犬は何をみても灰色なんだって。色彩を見分けることができないんだって、そう本に書いてあった。

 生い立ちのせいさ。きっと犬になる前の前世のふしあわせのせいだよ。

月雄 そうじゃない。犬は夢をみているんだ。犬は生まれたときから、ずっと夢をみつづけているんだ。夢には色がない。いつだってどんな幸福な夢だって夢は必ず灰色だろう?だから犬は夢みながら生きつづけているのさ。

夢の中で犬になっていく月雄。月雄とシロの、夢と現実。錯綜する灰色の世界。謎が謎を呼ぶ驚愕のラストは、ミステリーとしても面白いものだと思います。


Shuji Terayama 青蛾館 寺山修司初期一幕劇連続上演「犬神」

 

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■幸福と狂気(連続一幕劇に共通するテーマ)

ぼくはシロの頭をなでる。シロはぼくにとって幸福そのものなのか?それとも幸福のかわりにあるものなのか?(「犬神」)

 幸福自身よりも幸福の約束の方がいいと思われるほどのにがい心!(「白夜」)

あたしんちの家族はみんないい人。でもみんな自分の言葉をなくしてしまいました。こうなるとあたしが王様。そうしてあたしはひとりぼっち!(「狂人教育」)

今回の連続一幕劇の共通テーマに「幸福」と「狂気」があったと思います。どの作品も狂おしく実直な愛の世界を描いていました。寺山の初期一幕劇は、若き日の寺山の繊細な美意識と思想が反映されているようで、今回知ることができてとても良かったです。